館長の部屋

呉人 惠

裸足と徒歩で寒さ知らずートナカイ遊牧民の省エネ防寒対策ー

 このところ、あまりに暑いので、「寒い」話をしよう。私が調査してきたコリャークという民族は、シベリア北東部内陸奥深いトナカイ遊牧地に住んでいる。真冬には、-60度に下がることも珍しくない。私など膨大な厚着をしても、2分とまともに表に立っていられない酷寒の日にも、子供たちは平気で素手で水汲みに行ったりする。そもそも耐寒性に雲泥の差がある。

 とはいえ、コリャークたちも常に寒さに「素手」で立ち向かっているわけではない。ここでは、私が滞在中、いたく感心した2つの足にまつわる省エネ防寒対策を紹介しよう。

 その1。裸足でブーツを履く。正確に言うと、乾燥させたイネ科の草を底に敷いて、裸足のまま二重のブーツを履くのである。イネ科の草は保温と除湿に効果がある。裸足は指の動きを自由にして、血液の循環を停滞させない。一度、日本の某社記者とカメラマンといっしょに現地に向かったことがある。  会社から支給された-70度にも耐えるとのふれこみのカナダ製ブーツを履いた彼らの足は、雪道を飛ばしているうちに凍傷寸前になってしまった。一方、立派なブーツのない私は、コリャークに手製のブーツを借り、言われたとおりに裸足で履いたが、目的地につくまで足はポカポカと暖かいままだった。

 その2。凍えたら、歩く。コリャークの伝統的な移動手段はトナカイ橇(そり)である。このトナカイ橇で真冬の1月に5日間、走ったことがある。もちろん私は橇を御することができないので、コリャークのおじさんの背中にしがみついてである。動かないから、どんなに厚着をしていても、すぐに凍えてくる。「おじさん、寒いよ~」と訴えると、すぐに橇からおろされ、轍(わだち)のついたもと来た道をよいしょよいしょと歩かせられる。厚着のうえ、雪に足を取られて、それはそれは難儀なウォーキングだ。しかし、なるほど、歩いているうちに体が温まってきて、もう少し頑張っておじさんにしがみついていようという気になるのだった。このようにきわめてシンプルかつ省エネな方法で、シベリアの酷寒に順応してきた彼らは、ハイテクに耽溺(たんでき)した私たちが、今、見本とすべき民族のひとつであることは間違いなさそうだ。

 

 (初出:北海道立北方民族博物館友の会季刊誌Arctic Circle 80 北の旅日記 2011.9.30)

2021.5.30更新