犬も歩けば

津曲敏郎

 娯楽や遊びが多様化・個人化するなかで、正月にカルタ取り(それも昔ながらのいろはガルタや歌ガルタ)を楽しむ家庭はどのくらいあるのだろうか?初詣やおせち、お年玉といった年中行事はそう簡単になくなりそうもないが、遊びを通した言語文化の伝承の機会が少なくなっているとしたら残念なことである。小さいころにこうした遊びを通して親しんだことわざや和歌は、たとえそのときは意味がよくわかっていなくても、あとあとまで記憶に残りやすいものだ。

 よくわからないと言えば、いの一番の「犬も歩けば棒にあたる」からしてそうだ。記憶にある絵札では、犬が前足を棒にぶつけて痛そうな顔をしていたから、出歩くとろくな目に合わないという意味だと思っていた。自分から棒にぶつかる犬もいないだろうから、人に打たれるということなのだろう。一方で、出歩くと思わぬ幸運に会うという意味もあるのはあとで知った。どうやら「くじに当たる」などから連想された新しい解釈が広まったものらしい。どちらの解釈をとるかが、机上派とフィールド派の分かれ目と言えなくもない。私自身、あまり好奇心旺盛な犬にはなり切れずにいるが、中国・内モンゴル北部のエウェンキ(顎温克)やロシア・アムール河口のニブフのフィールドでは、放し飼いの猜猛な犬に怖い思いもした。

 犬は人類最古の家畜として、北をめざしたグレートジャーニーの伴侶だったとされている。とすれば、新天地に希望を求める解釈こそふさわしい。狩猟のパートナーとして、運搬や移動の手段として、また家畜の保護や誘導から、さらには身を挺して毛皮や肉さえ提供した。近年ではペットは言うに及ばず、盲導犬や介護犬、警察犬、麻薬犬、災害救助犬など、働く犬の活躍の場は広がるばかりである。

 当館では1998年に「人、イヌと歩く:イヌをめぐる民族誌」という特別展を開催している。20年の歳月は北方民族の生活にも少なからぬ変化をもたらしたことだろう。モータリゼーションやITの普及の一方で、昔ながらの犬の嗅覚や機動力は機械には代えがたい利用価値を持ち続けている。何よりも、生活のよき伴侶として将来も人とともに歩き続けることだろう。特別展第2弾として、その後の犬と北方民族との関係をあらためて見つめ直してみるのもいいかもしれない。

 

 

(初出:北海道立北方民族博物館友の会季刊誌Arctic Circle 105/2017.12.15)

2020.3.5

北海道立北方民族博物館 〒093-0042 北海道網走市字潮見309-1 電話0152-45-3888 FAX0152-45-3889
Hokkaido Museum of Northern Peoples   309-1 Shiomi, Abashiri, Hokkaido 093-0042 JAPAN FAX+81-152-45-3889